「タンホイザー」序曲、「ワルキューレ」から「ワルキューレの騎行」、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲(A面)、「トリスタンとイゾルデ」から「前奏曲と愛の死」、「神々の黄昏」から「ジークフリートのラインへの旅」(B面)
イーゴリ=マルケヴィッチ(指揮)
ソビエト国立交響楽団
Recorded:1963
イーゴリ・マルケヴィッチはウクライナ生まれスイス育ち。日本でも縁のある指揮者でもある。N響とも録音を残しておりチャイコフスキーの悲愴交響曲ライブが有名である。なおN響が招いた指揮者としてはバイロイトでも活躍したマタチッチと名前を混同しやすい。しかし私の周りでもこの指揮者を多く収集している者がおらず、聴くに詳しくないので、このワーグナーを振った録音での感想であることを先に伝えておきたい。
本ジャケットは上部と下部に別れそれぞれ英語表記とキリル文字表記となっていることからロシア国外向けに作られたLPレコードと思われる。ソビエト国立交響楽団を指揮したライブ録音であるが、彼がロシアの楽団を振った録音はそれほど多く残っていない。このレコードは録音状態もどちらかと言えば芳しくないが、彼の名声ゆえに世に出たものであるのかもしれない。
しかし壮絶な演奏である。マルケヴィッチはヨーロッパで活躍した指揮者と記憶するが、何やらこのLPで描かれるワーグナーの世界は、当時のソビエトという国の体制を背負っているかの勝手なイメージを持っており、演奏も猛々しく感じてしまう。A面冒頭の「タンホイザー」序曲は特徴的であろう。違和感のない僅かな音の出だしから徐々に軍隊が前進していくかのように盛り上がって最後に爆発する。ロシア人の演奏する金管楽器の音の迫力や高音の伸びの素晴らしさは言うまでもないが、例えばトランペット奏者が演奏するとあたかもソリストのように際立ってしまうところもある。更にこの演奏ではシンバルが強調連打されるところが特徴的で、音が強すぎでこの曲の後半は打楽器奏者が演奏を支配しているかのよう。弦の重低音の重苦しさも全体に厚みを加えている。管弦楽曲としての抜粋というかたちでは聴き応えがあるが、ワーグナーのオペラの情景はどうにも感じられない。
とはいえ、この録音に限らずロシア人が演奏するワーグナーは好んで聴いている。どこか普通のワーグナーと違う印象がまた面白いのだ。特にソビエトの楽団が演奏した録音にはこの演奏傾向はなぜか共通して多くみられる。中でも巨匠ムラヴィンスキーが残した来日公演でのワーグナーは絶対に外せない実に個性の強いものであるし、ちょっと古いがゴロヴァノフに至ってはあまりにやりたい放題、情熱的すぎて聴いて思わずニヤけてしまう。そういった演奏家たちから見ればマルケヴィッチは均整のとれている方であろうか。当時のロシア人のワーグナーに対するイメージや曲に対する民族的な求め方が反映したものと考えると、この手の演奏も興味深く、悪くはないと感じてしまうものだ。